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「体験」が変える、マンション防災の常識
The マンションレジリエンス講座レポート

〜 東京大学生産技術研究所附属災害対策トレーニングセンター(DMTC)×WAVE1 〜

2026年2月7日(土)、東京大学生産技術研究所附属災害対策トレーニングセンター(以下:DMTC)が開発・運営する実践型プログラム「The マンションレジリエンス」の第2回講座が開催されました。株式会社WAVE1は本講座の教育コンテンツ制作や訓練企画にパートナーとして参画しており、当日は事務局として運営にも携わりました。本記事では、当日の様子をレポートします。

講座の様子The マンションレジリエンス講座の様子

「The マンションレジリエンス」とは

マンション人口が増え続ける一方、災害時の対応体制は多くのマンションで手つかずのまま、というのが現実です。震災時に安否確認ができない、修繕の合意形成が進まない——これは他人事ではなく、すでに各地で起きている問題です。

「The マンションレジリエンス」は、こうした現状を変えるべくDMTCが開発した、管理組合・防災担当者のための総合実践型プログラムです。ルール策定、備蓄、住民間コミュニケーション、初動行動から復旧までを包括的に学べるカリキュラムで、講義とワークショップを組み合わせた体験型の設計が特徴です。

WAVE1は本プログラムの教育コンテンツ制作を受託したパートナーとして、2025年9月に実施したモニター訓練のフィードバックをもとにコンテンツのアップデートにも携わっています。今回の第2回講座では、事務局として当日の運営全体を担いました。

冒頭挨拶

当日は、主催側を代表して一般社団法人DMTC支援会 常務理事の吉田克也氏が開会の辞を述べ、DMTCが国内外の災害対策教育において果たしている役割について語り、本講座の意義を参加者に伝えました。(※東京大学生産技術研究所の沼田准教授が海外出張先からオンライン fever 挨拶を行いました。)

冒頭挨拶の様子DMTC支援会 常務理事 吉田氏の冒頭挨拶
また、プログラムパートナーであるWAVE1より板垣氏が登壇し、本講座に関わる背景と今後の展望について述べました。
WAVE1 板垣氏による冒頭挨拶WAVE1 板垣氏による冒頭挨拶

登壇者紹介

当日は2名の専門家が登壇しました。

城戸学氏(株式会社テンフィートライト/DMTCメンバー)は、「災害対策本部設置訓練」の設計・進行を担当しました。訓練のファシリテーターとして参加者の気づきを引き出す役割を果たしました。

城戸 氏城戸 氏(株式会社テンフィートライト/DMTCメンバー)

本瀬正和氏(株式会社防災ネットワーク研究所 代表取締役/DMTC専門プログラム講師)は、座学パートを担当。8,000人規模のマンションで12年以上防災活動を続けてきた実践者として、マンション防災の全体像を語りました。

本瀬 氏本瀬 氏(株式会社防災ネットワーク研究所 代表取締役/DMTC専門プログラム講師)

パート1|災害対策本部設置訓練

訓練の設計思想

訓練は、DMTCの教育知見と、WAVE1のマンション防災・訓練設計の経験をもとに構成されています。前半のプログラムは、参加者が実際に「災害対策本部」を運営する体験型訓練を実施しました。

同じシナリオを短時間で繰り返し、独自の観点で意思決定や情報共有の振り返りを行うことで、参加者の習熟度を高める狙いがあります。

想定シナリオは、首都直下地震(M7.6、最大震度7)が発生した直後のマンション。停電・断水・道路陥没・電話不通という過酷な条件下で、「たまたまその場に居合わせた住民が、突如として対策本部を立ち上げなければならない」というリアルな状況設定です。

参加者はA〜Dの4班に分かれ、各班5名で本部長・副本部長・情報班・救護班・保安班の役割を担います。

情報デスク・対応コーナーの様子情報デスク・対応コーナーの様子

訓練で提示された18の事案が示したもの

本訓練では、約20分間で18件の「発生情報」が番号付きで本部に届けられました。エレベーター閉じ込め、出血を伴う負傷者、階段の破損確認、安否不明住戸、停電・断水の継続、共用部での混乱など、いずれも、大規模地震後のマンションで実際に起こり得る事案です。重要なのは、それぞれの重大性ではありません。これらがほぼ同時に押し寄せることです。

1回目の訓練:本部はどう動いたか

1回目の訓練では、情報は情報班が受け取り、本部長に報告し、対応班へ指示を出すという流れで処理されました。情報班はデスクと本部の間を行き来し、本部長は届いた報告をもとに優先順位を判断します。対応班が現場に向かっている間にも、新たな情報が追加されていきます。

やがて、本部内では「今どの案件が進行中なのか」が一目で分からなくなります。処理済みかどうかの確認にも時間がかかり、判断は個々の記憶に依存する状態に近づいていきました。

訓練の途中では、本部長が体調不良で倒れるという想定も加わります。指揮を執る役割が不在になったとき、本部はどう機能するのか。参加者はその難しさを体感しました。

20分間の体験が浮き彫りにしたのは、判断力の問題ではなく、「全員が同じ状況を共有できているかどうか」という本部運営の課題でした。

1回目訓練中1回目訓練中

2回目の訓練:「情報が共有される」だけで、これほど変わるのか

2回目の訓練では、一つの変化が加わりました。「情報番号1番:エレベーター2号機に閉じ込めあり」のように、発生事案が番号付きのシートで各班に配布されたのです。これは実質的に、災害専用SNSがある状態の疑似体験です。すべての参加者が同じ情報を同時に把握できる——ただそれだけのことが、本部の動きを根本から変えました。

情報班への負荷は激減し、本部長は状況の全体像を把握しながら判断を下せるようになります。記録係が完了案件に印をつけ、副本部長が全体を俯瞰する。1回目ではバタバタと続いた混乱が、落ち着きを取り戻しました。

城戸氏は振り返りの中でこう述べました。「さっきと皆さんの動き方と表情が全然違います」。参加者自身が体で感じた差が、「平時からの情報共有体制の整備」という抽象的な言葉に、確かなリアリティを与えた瞬間でした。

2回目訓練中・各班の振り返り発表2回目訓練中・各班の振り返り発表

パート2|本瀬正和氏による講義「マンション防災の全体像」

8,000人が住むマンションで、目が覚めた

後半の座学パートは、本瀬正和氏による講義です。本瀬氏は、約8,000人が居住する大規模マンションの住民です。北海道夕張市の人口(約7,500人)がそっくり入ってしまうほどの規模ですが、市役所も、消防署も、病院もない。3.11をテレビで見ながら「もし直下型が来たら」という問いに直面し、それ以来12年以上、マンション防災の第一線に立ち続けています。

講義の冒頭で氏が示したのは、衝撃的な数字でした。そのマンション(58階建て、約4,000人規模)に設置されたエレベーターは18本。しかし階段はわずか2本。4,000人に対して幅の限られた階段2本で、水や食料を運び込めるかをシミュレーションした結果——24時間稼働させても2日かかるという結論でした。「この数字に気づいたとき、うちのマンションは『在宅避難できないマンション』だと確信しました」と本瀬氏は語ります。

マンション防災は「3つのフェーズ」で考える

本瀬氏が講義全体を通じて強調したのが、マンション防災を3つのフェーズに分けて考えるという視点です。

フェーズ1(被災直後)は、命を守ることが最優先です。消防や救急は木造密集地帯に集中し、マンションには来ません。だからこそ、住民による安否確認と初動対応の体制が不可欠です。

フェーズ2(数日後〜)は、在宅避難を可能にする生活維持です。断水・停電・ごみ・トイレの問題は、戸建てなら何とかなる場面でも、マンション(特に規模・高さのあるマンション)では完全にお手上げになります。備蓄と設備対策はこのフェーズのための備えです。

フェーズ3(数か月後〜)は、復旧・復興です。熊本地震では、被災マンションの2〜3割が合意形成の壁によって今も復旧できていないと言われています。区分所有法の改正により決議要件は緩和されましたが、それでも修繕・建て替えには住民全体での意思決定が必要です。「このフェーズが、最終的に最も大きなハードルになる」と本瀬氏は強調しました。

自分のマンションに合った防災をつくる

「マンション防災のマニュアルに、自分のマンションに完全に合ったものはない」と本瀬氏は断言します。30世帯のマンションと2,800世帯のマンションを、同じ方法で対応できるはずがないからです。

氏が提案するのは「幹・枝・葉」で考えるアプローチです。幹は戸建てと集合住宅の違いを正確に理解すること。枝は規模・築年数・形態(タワー型・駅直結型など)による体制の違い。葉は居住者の属性(高齢者中心・若年層・外国人比率など)への対応です。

100世帯を超えたら、デジタルによる情報共有は「あればいい」ではなく「必須」だと言います。台風19号で水没した武蔵小杉のあるマンションでは、被災翌日にLINEで全600世帯とネットワークを組み、非常用電源によるエレベーター稼働の時間帯をリアルタイムで共有しました。訓練の2回目で参加者が体感した「情報が共有される力」が、現実でも機能した事例です。

防災の本質は「コミュニティ」にある

「防災活動にどれだけ力を入れても、積極的に関与する住民はせいぜい1〜2割です。5割を目指しても無理。割り切ってください」と氏は言います。では残りの8割をどうするか——答えは、防災活動への参加を促すのではなく、顔見知りの関係をつくることに力を注ぐことです。

隣人の名前も知らない状態では、有事のとき声をかけることも助けを求めることもできません。一方、顔見知りがいれば「一緒に確認しに行こう」という行動が自然に生まれます。クラブ活動でも、お祭りでも、内容は何でも構わない。「ゆるいコミュニティで十分。まず顔見知りをつくることが、防災の土台になる」と本瀬氏は締めくくりました。

本瀬氏講義・参加者の様子本瀬氏講義・参加者の様子

訓練が生んだ「仲間」という副産物

今回の参加者は約20名。訓練を2回こなし、各班で議論し、振り返りを共有する中で、後半の座学が始まる頃には、会場の空気が変わっていました。

城戸氏はこう話します。「第1回と比べて、今日の皆さんは最初から声のかけ合い方が違う。一度危機を一緒に乗り越えた経験が、関係性をつくるんです」。

これは本瀬氏が語るコミュニティ論と、まさに呼応しています。講義で「顔見知りが防災を変える」と学ぶ前に、参加者はすでに体験としてそれを経験していたのです。「体験型」であることの意味が、ここに凝縮されています。

WAVE1 板垣氏による締めの挨拶WAVE1 板垣氏による締めの挨拶

おわりに

今回の講座を通じて改めて感じるのは、マンション防災における「情報共有」と「コミュニティ」という2つのテーマの本質的なつながりです。情報は共有されることで力を持ち、共有できる関係性はコミュニティからしか生まれない。訓練の設計と講義の内容が、同じ答えを指していました。

「The マンションレジリエンス」は、知識を与えるプログラムではなく、体験を通じて気づきを生むプログラムです。管理組合の役員として、あるいは住民の一人として、自分のマンションの防災を本気で考えたい方に、ぜひ受講をお勧めします。

「The マンションレジリエンス」に関するお問い合わせ・詳細はWAVE1まで。

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